いよいよ闘技場の日―――
カルロ 「本当に大丈夫か?」
エトーレ 『はい。なんとかしてみせます』
シャミラ 「絶対に勝って帰ってくるのよ」
アステヌ 「大丈夫。1週間前の君とはもう違う」
レオ 「頼んだぞ」
エトーレ 『はい!』
レオ達に別れを告げ案内された場所で軽装備を付けられしばらく待つエトーレ
エトーレ (こんなに狭いのに混み合っているなんて…
この機械も唸り声が聞こえる動物達もみんな闘技場に使われるのか…?)
闘技場の警備隊員「時間だ。ついて来い」
エトーレ (いよいよだ……一体どんな奴が相手なんだろう…)
暗い嫌な雰囲気の通路を通ると眩しい光が差し込んでくる
司会 「それでは、闘獣士の登場です!ヘルゥ闘獣士養成所で鍛え上げられ天性の才能を持つ 星読みの一族からエトーレ!!」
重そうな鉄の門を通ると観客達の歓声と拍手、ラッパの音が聞こえてくる
観客 「すげぇ!本当に闘技場に出んのか!!」
観客 「あいつあの姿で戦うのかよ!」
エトーレ (うわ…凄い人数……それに染み付いたような血生臭い匂い…)
司会 「対するは、戦いの神に愛され数百の敵をなぎ倒してきた決して死ぬことのない 不死鳥の異名を持つアルハーン!!」
観客 「来た来た!!いけー!アルハーン!!」
観客 「アルハーン!!アルハーン!!」
会場にそれぞれの名前を呼び応援する声が響き渡る
ヘルゥ (……昔からこの雰囲気は変わらないな…
今日は一体どれくらいの闘獣士と猛獣達が死んだんだろうか)
アルハーン 「ご機嫌よう観客の皆さん!」
アルハーンが話しかけるとワーッと歓声が上がる
エトーレ (これから本当に命をかけた殺し合いが始まるって言うのに……
楽しそうに笑ってる人達ばかりなんて…確かにシャミラさんの言う通り狂ってる……)
司会 「そして今回の舞い人は美しい獣人の女性とこの闘技場初の人間の女性!」
シャーロッテ 「っ………」
両手を拘束され、血が流れた時によく目立つように白い服を着せられたシャーロッテと女性の首元に 鋭い爪型の刃物が突きつけられる
エトーレ 「!! シャーロッテさん!」
アルハーン 「さあ、準備も整ったし早く悲劇を始めようじゃないか!」
アルハーンがそう言うと観客達の歓声も更に上がる
エトーレは経験した事のないとてつもない孤独感と闘技場の迫力に身震いが止まらず 今にも尻尾を巻いて逃げ出しそうになった
エトーレ (予想はしていたけど…いざ立ってみると、やっぱり怖い……
ほんとうに俺に出来るのか?…こいつに負けたら俺は………
そうしたらもうレオさん達に付いていく事だって、カルロさんに教えて貰うことも、
ヴェレさんや親友のチロ、みんなとも一緒に戦って暮らす事だって……
何より俺は今まで1度も―――――
いや、違う。 俺は1度勝ったことがある。勝てないかもしれないと思った相手に…
だから 、絶対にこの戦いだって勝ってみせる!………よし!)
カルロ 「エトーレのやつ、なんだか雰囲気が少し変わったな」
レオ 「ああ」
チロ 「エト、お前なら出来る…」
司会 「それでは!試合開始!!」
声と共にエトーレは相手に向かい走り出す
エトーレ (なんだ?なんで止まっているんだ…でも動かないなら!)
『はあぁぁあ!!!』
勢いよく地面を蹴ってジャンプしてまずは相手の胸部に引っかき傷2回を入れる
エトーレ (…‼︎やった!入った!)
傷を入れると観客達の熱気も徐々に増していく するとアルハーンの胸部につけた傷が見る見るうちに無くなり始める
アルハーン 「見損なったな………お前の攻撃はその程度か?」
エトーレ 『‼︎』
ヴェレ 「傷が………回復した⁉︎」
シャミラ 「ちょっと!あんなの反則じゃないの!!」
エトーレ (爪がダメなら……!)
今度は足に噛み付こうとするエトーレ
しかし鳴ったのは自分の歯と歯が噛み合うガチっという音だった
エトーレ 『⁉︎ なんだこいつ!はや――――』
アルハーンはエトーレの攻撃を軽く横に避けると腹部を狙って拳を下から上に入れ エトーレを空中へ押し上げると
今度は反対の拳で再び腹部を狙い、グッと捻り入れる
拳に付いている鋭利な刃物は柔らかい腹部に簡単に突き刺さり、捻られた事により空いた穴が更に広がった
真っ赤な血を浴びたアルハーンは更に反対の拳で捻り入れながら闘技場の壁へとエトーレを突き飛ばす
会場にはエトーレを突き飛ばす事によって巻き起こった砂埃が舞い上がり ガラガラと闘技場の外壁が崩れる壁の音が響きわたった
エトーレ 『ぁっ………!!』
壁に叩きつけられたエトーレの体からはボタボタと真っ赤な血が流れて地面を赤く染め上げていく
体から流れ出る血を見ると観客達の興奮は最高潮に達する
シャーロッテ 「エトーレ!!」
レオ 「随分素早い動きだな…」
カルロ 「ああ、素早い上に攻撃を入れてもすぐに回復しやがる。厄介な相手だ」
ヘルゥ (スピード型か…ここには厄介な能力を持ってる奴はゴロゴロいるが…
さあどうする?エトーレ)
エトーレは叩きつけられた衝撃と出血で視界が眩む中必死に目をあけ状況を確認した
エトーレ (!!!!血が…!……っこんなに……!?……いっ!!!)
必死に起き上がろうとするが今まで感じた事のない激痛に声を上げる事も出来ない
アルハーン 「ふむ……もう少し手応えが欲しいですねぇ………?
これではすぐに息の根を止めてしまいそうだ」
返り血で真っ赤に染まった腕を太陽にかざしながらアルハーンは語った
観客 「殺せ!殺せ!」
観客 「やっちまえー!!」
その言葉を聴くとアルハーンはニヤリと笑い
アルハーン 「観客の皆さん!そう焦らずとも始まる前から結果はもう出ています!
星読みだろうと闘技場どころか戦いに不慣れな相手に負けるわけがない!
だからこそ!どうぞ鮮やかに赤く染まる姿を存分にお楽しみあれ!!!」
そう観客達に告げると今度は不思議なステップを踏み始めるアルハーン
観客 「おい!!今日はアルハーンのあの技が見られるのか!!」
観客 「やったぞ!今日はラッキーだ!!」
ヴェレ 「なんだあの動き…」
するとアルハーンはステップを徐々に早め、まるで何人も現れたかのような状態になった
必死に立ち上がったエトーレは絶望を感じた
エトーレ (む…無理だ………こんなの勝てっこない!!)
必死に立つ事しか出来ないエトーレに対して容赦なく向かってくるアルハーン
一気に距離を詰めると分身したアルハーンは拳や蹴り、噛みつきや引っかきなど様々な攻撃を 目にも止まらぬ速さで入れていく
そして再びエトーレを壁へと突き飛ばした
シャミラ 「エトーレ!!無理よ!!相手が強すぎるわ!
ヘルゥ‼︎なんとかしてよ!」
今まで見たことがないくらい必死な顔でヘルゥに訴えるシャミラ
その様子を見て少し驚くヘルゥとアステヌ
ヘルゥ 「落ち着け、俺達が焦っても――――」
シャミラ 「これのどこが落ち着けるって言うのよ!!あのままじゃ死んじゃうのよ!」
そう叫ぶと涙をポロポロ流し始めるシャミラ
シャミラ 「やっと………やっと私の家族が戻ってきたのに………これでもう独りじゃないって
… ずっと寂しかった…
どんなに周りに人を置いても、心に空いた穴なんて塞がらない
全部偽りの愛って事も。本当に心から愛してくれる人なんか誰もいない
みんな家族なんかじゃないってそんな事も分かってる……
でもだから!エトーレが帰ってきた時は本当に嬉しかった。
短い間だったけど私には家族がいるって、この世界にはまだ家族が生きてるって実感出来た
だから、エトーレはこの戦いに勝って好きな人と結婚して家族持って幸せに暮らしてくれたらって…
でも、エトーレにとって家族を持つことが幸せだなんて私の勝手な思い込みよね…
何が幸せかなんて人それぞれなのに……もうどうしたらいいか分かんない……」
するとヘルゥはシャミラを優しく抱きしめてゆっくりと言った
ヘルゥ 「大丈夫だから…………エトーレは死なない………」
アルハーンは何度もエトーレに攻撃入れては壁に突き飛ばしを繰り返した
エトーレは眩む視界とボーっとした頭で考える
………このままじゃ………ダメだ………ほんとに…死ぬ………
やっぱり勝てないのか……
…………あぁ……でも……あの姿になれていれば勝てたのかな……
それにここで死ぬくらいなら短命になったほうが良いに決まってるもんな……
ヘルゥ 昔、ある1人の男はお前と同じように姿を変える事が出来なかったが、ある時姿を変える事が出来るようになったらしい。 書物には目立つように《歪む世界は鮮明に、先端、熱い、内から開くと入り込む光の矢、この時我、新たなる力を持つ》
こう記してある。
意味は分からないが覚えておくといい…
アステヌ この世界は単純だよ。何事も難しく考えずにシンプルに捉えればいい
シャミラ 簡単よ!まずは頭でイメージして、それからグッと力をいれれば入れれば…!
カルロ エト、お前さんはもうちょい自信を持ってもいいと思うぞ
この世界は単純………
シンプルに、難しく考えずに………
自信を持って………
まずは頭でイメージをする…
ぼんやりしたままではなく鮮明に………
先端…… 手と足の先から、熱いものを感じて………グッと力を入れる
そして、心の内側から開くように………目を開いて…光を体へ取り込んで………………
そうか……そう言うことか………!
大丈夫……俺は決めたんだ……あの人を守るって……!!
何度も叩きつけられたエトーレは最後の力を振り絞って立ち上がる
アルハーン 「おや、まだやる気だと? その状態で何が出来ると言うんだ」
エトーレ 『………うるさい』
アルハーン 「なんだ?声が小さいぞ?」
エトーレ 「黙れって言ってんだよ!!!」
チロ 「‼︎今、エトの声が……!!」
カルロ 「あ、ああ…聞こえた…」
物凄い迫力にざわつく観客達の中 エトーレは耳が痛くなるようなくらい大きな獣の唸り声をあげた
するとエトーレの体からバチバチと稲妻のような物が出てみるみる姿を変えていく
アステヌ 「あれは、もしかして!!」
シャミラ 「…間違いないわ‼︎」
観客 「なんだあの光…」
姿を変えると会場全体が驚きに包まれた
エトーレ 「よく聞こえたか?」
ヘルゥ (なるほど…それがお前の答えか)
エトーレは俯いた顔をあげ、本物を見抜くように真っ直ぐ力強い目でアルハーンを見た
アルハーン 「…っは。今更そんな事をしても遅いですよ!」
少し驚いた表情をしたアルハーンはまたエトーレに一気に距離を詰めてくる
エトーレはスゥっと息を吸い込んで、爪で地面を素早く引っ掻くと
今度は姿勢を低くして地面と平行な体制をとると地面を蹴った そしてアルハーンと地面の間を通り反対へ回りこんだ
アルハーン 「避けるだけじゃただ自分の体力を消耗するだけ―――」
そう言いかけるとアルハーンは言葉を失った
自分の片足がスパンと途中から綺麗に無くなり落とされた足は目の前を浮いていたのだ
アルハーン 「な…」
エトーレは反対へ回り込むと間髪入れずに空中へ飛んだ
アルハーンは反射的にエトーレの方を向くと今度は眩しい太陽の光が目に刺さった
思わず手で遮るとエトーレが思いっきり腕に噛み付き牙をグイグイと突き刺し 骨から肉を引き剥がそうとする
そのまま力を込め引きちぎるとアルハーンの体に爪を食い込ませ自身から離れられないようにする
アルハーンは歪んだ表情で絶叫した
爪が食い込んでいることにより傷口が塞がらなくなった体は傷をなんとか再生しようとどんどん血が吹き出してくる
観客達は次第にエトーレに声援を送りはじめた
真っ赤な雨が乾いた地面に降り注ぎ湿った頃 エトーレは首元に大きく噛み付き息の根を止めにかかった
アルハーンもこのままやられるまいと最後の力を振り絞りもう片方の拳をエトーレの喉元に突き刺す
しばらくしてお互いは離れると
アルハーンは地面に倒れこんで動かなくなった
そして、エトーレはゆっくりと…けれども堂々と真っ青な空に拳を突き刺した
観客達はエトーレに大きな拍手と声援を送った
シャーロッテは解放されエトーレの元に駆け寄って抱きしめようとしたが
傷が痛むだろうと 咄嗟に伸ばした手を引っ込めありがとうと声をかけた
エトーレはシャーロッテに優しい目をして うなずいた
燦々と煌く太陽の中、風が熱く燃え上がった会場の熱を攫っていった